ラフカディオ・ハーン|ギリシャに行こう!

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ラフカディオ・ハーン

日本と深いゆかりのあるギリシャ出身者を一人あげるなら、小泉八雲ことラフカディオ・ハーンでしょう。
日本の伝説をおさめた「怪談」の著者と言えば通じやすいでしょうか?
普通は日本名で呼ばれるのは日本に帰化した日本人であるため。
1890年に来日して以来そのまま住み続け、日本人女性と家庭を築きました。

ラフカディオ・ハーンの生まれた場所はギリシャのレフカダ島。
この島の名前にちなんで名づけられました。
父はアイルランド系イギリス人、母はギリシャ人です。

イギリスやギリシャ、アメリカと住処を変えてから1890年に雑誌特派員として日本にきたハーンは、英語教師として島根県の松江中学で働き始めました。
翌年、地元の女性小泉セツと結婚し、長男も生まれます。

帰化したのは1896年。
「八雲」は島根の旧国名「出雲」の枕詞「八雲立つ」から取りました。
同年に上京し、1904年に新宿の自宅で死去しました。

松江には小泉八雲記念館があり、直筆原稿を見ることができます。

ハーンの代表作「怪談」の中でとくに知られている話は「耳なし芳一」と「雪女」でしょう。
平家の亡霊に耳をとられる耳なし芳一は、「怪談」がきっかけで広く知られるようになった話です。

また、雪女は各地に伝説が残っていますが、「人間と結婚して、正体がばれると姿を消す」のイメージが固まったのもやはりこの「怪談」です。